「はぁ はぁ・・・」

どしゃぶりの雨の中、時刻は深夜、姫は綺麗だったはずのドレスを泥でぐちゃぐちゃに濡らしながら走っていた。




一体どこまで走ってきたんだろう。もっと離れないと見つかっちゃうかな。私は、姫という立場から逃げ出したくてお城から逃げてきた。
お城の周りにはたくさんの兵士がいて、そう簡単には抜け出せないんだけど私はあそこで18年も暮らしてきたのだからお城の作りは全て把握しているつもり。そのおかげでなんとか兵士が見張っていない僅かな場所から脱出成功出来た。私がなんで姫の立場がイヤなのかって言うと、姫って、欲しいものは殆どなんでも楽に手に入っちゃうし、お洋服だってたくさんあるし、いつも綺麗にしてもらえるし、食事も豪華だったりするんだけど。恋愛だけは自分の思うように叶えられない。それがあたしは耐えられなかった。普通の人からしてみればこんなの贅沢な悩みなんだろうし、私のこと我侭な小娘って思ってるかもしれないけれど、そんなの気にしてられないよ。そりゃあ、プロポーズをしてくれる男の人はたくさんいるし、結婚相手には全く困らないわけだけど。みんなどこかの王子で、どの人も同じに見えちゃってとてもじゃないけどOKなんて出せない。でもたった一度だけ、私が好きになった王子様がいた。けれど彼は私にプロポーズをしに来たわけじゃなかったし、ただ親同士の都合で何度か食事をして会話を交わしただけだった。彼は他の王子たちとは全く違っていて、どこか変わっていた。たとえば常に人をからかっているような態度だとか。私はそんな、どこか変わった雰囲気を持った彼に惹かれていた。だけど彼とは2年前から全く会っていなかった。風の噂で、彼はお城を捨てたと聞いた。やっぱり彼は、その辺の王子とは違った何かを持っていた。


「ねえ、おまえこんなトコでなにやってんの?」


後方から聞こえてきた男の声に聞き覚えがあり、はぱっと振り返った。そこに立っていたのは、今まさにが考え耽っていた王子だった。
昔とは違う真っ黒なコートに身を包んではいたけれど、金色の髪や、前髪が目を覆ってしまって半分が隠れてしまっている顔や、いつも彼が決まって自分の頭に乗せていたティアラはまさに彼そのものだった。


「・・・べる・・?あなた、ベルフェゴールでしょう?」

「しし。なあおまえオレの質問シカトすんの?ちゃんと答えろよ」


ベルだ。この声も姿もベルに間違いない。私が彼を見間違うはずが無いもの。
2年間会っていなかったけれど、今までずっとベルの声も姿だって忘れたことが無いんだから。


「私は、お城を抜け出してきたの」

「ふーん、それでドレスが泥まみれなんだ。

「うん・・私のこと、覚えててくれたのね」

「まぁね、オレおまえのこと好きだったから」


びっくりして「へ?」ってマヌケな声を出してしまうと、彼は嬉しそうににうしし、と笑った。
本当に、昔私が好きになった時のままだった。私をからかうように笑う様子も、なにもかも。・・・私今ベルに告白されたんだった。
今更だけどもの凄く恥ずかしくなって、まるでトマトみたいに真っ赤な顔を見られないよう下を向いた。


「せっかくオレが好きだって言ってやってんのに、返事は?」

「・・わたしも、すき」


私の心臓は今までにないくらいドキドキしていて、ベルの顔を見る余裕もなかったっていうのに、ベルは緊張の欠片もなくて、余裕だった。
なんだか悔しかった。だって私、こんな気持ちはじめてなのになんだかベルったら慣れてるみたいなんだもの。くやしい。

ベルは私の顎をすっと軽く上に向かせると「なんだ、ちゃんと言えるじゃん」と言ってちゅって口付けた。男の人と付き合ったこともなければ、当然キスの経験なんてはじめてだったわけで、私はその瞬間、本当に死んでしまうんじゃないかと思うくらいに体中が熱くなって・・さっきよりより一層ひどく高鳴っている心臓におどろいた。キスをされたままの状態でベルを見詰てみると「姫のファーストキス、王子がいただき」って楽しそうに笑うから、私はまた赤くなってしまった。
ばかみたいに単純な私は王子さまのしてくれたキスに浮かれて、慣れてるだとか慣れてないだとか、そんなのもうどうでもいいって思ってしまった。でもなにより一番、ベルフェゴールに再び逢えたことに浮かれていた。いまの自分の状況を忘れてしまうほどに。


「おまえさ、とりあえず今日はオレの屋敷に来いよ」

どーせ行く当ても無く飛び出してきたんだろ、って痛いところをつかれて、私は素直にうんって答えた。

「それにそんなんじゃ風邪引くし」


ベルの一言で私は一気に今の自分の状況を思い出した。お城から秘密で抜け出してきたのだから当然なにも持っていないし、どしゃぶりだったから髪も体も濡れてびしょびしょだし、ドレスだって走っていた時に跳ねた泥や雨でぐちゃぐちゃだし、なんかもう本当に自分が姫だったのか疑いたくなるほどおかしな格好だった。
こんなみっともない姿であのベルとキスしたんだと思うと、恥ずかしさと一緒に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。(ベルも髪や服が濡れていたけれど泥なんて一つもついていなかったし、逆にきれいだなって思ったから)なんだか自分が全身びしょ濡れだって分かった瞬間、急に寒くなって震えが止まらなかった。(もしかするとずっと震えていたのかも)そんな私を見てベルはぎゅって抱締めてくれて、あたたかかった。ベルが抱締めてくれて安心した途端に足の力が抜けてガクってなったんだけど、しっかりとベルが抱締めてくれてたから大丈夫だったみたい。それからだんだん意識が遠のいていって、ベルがみえなくなった。
!しっかりしろよっ」





最後にベルの声がきこえて、私の意識はぷっつりと途切れた。